福岡高等裁判所 昭和33年(う)263号 判決 1958年12月16日
主文
原判決を破棄する。
本件を原裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、検察官検事野田英男提出の原審検察官検事富田正夫作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人後藤義隆提出の答弁書記載のとおりであって、当裁判所は次のとおり判断する。
記録によると、起訴状記載の訴因たる本件公訴事実は被告人は大分県北海部郡坂ノ市町大字里二、六二〇番地所在の火薬類製造事業所である旭化成工業株式会社坂ノ市工場の製造課副組長として、同工場精圧延、薬厚測定、縫付等の各工程作業の指揮監督の責に任じていたものであるが、同圧延工程作業中、薬板撰分準備工室は、昭和三〇年一月二四日附通商産業省指令三〇軽第七四号を以て認可せられた同工場危害予防規程により危険工室と定められておるところ同工室は所定の使用目的である薬板(火薬)撰分準備作業(薬板の一時保管並びに撰分作業のための準備作業)以外には使用することは許されていないのに拘わらず、昭和三〇年三月七日午前八時頃より同日午前九時頃迄の間、同薬板撰分準備工室において、同圧延工程作業場室長たる安部正を介し、佐々木光幸、村上一生、房前勝茂、房崎教人、河野健治、小手川ミスヱ、渡辺務、釘宮トミ子等の従業員をして四・二吋並びに八一耗用の各シートパウダー(ニトログリセリン、ニトロセルローズの混合火薬)の撰分作業に従事せしめ、以て所定の火薬製造の基準に違反したものであるというのに対して、原判決は被告人は昭和三〇年三月七日午前八時頃から同日午前九時頃迄の間に大分県北海部郡坂ノ市町旭化成工業株式会社坂ノ市工場薬板撰分準備工室において安部正を介し、佐々木光幸、村上一生、房前勝茂、房崎教人、河野健治、小手川ミスヱ、渡辺務等の従業員をして透視台を使用せずに、四・二吋及び八一耗のシートパウダー(板状火薬)の中に含まれている反射光線のみによって発見できる程度の異物を撰分針を用いて除去する作業を為さしめたことが認められるので、被告人は撰分準備工室において撰分作業に従事せしめたものというべきである。そこで、被告人が撰分準備工室において右の作業を為さしめたことが、その工室を、その目的とする作業以外に使用したものであるかについて検討するといって、まず撰分準備工室の設備及び同工室において行われる作業の目的から作業の内容を説明した上、火薬類取締法第九条、第七条に基づく同法施行規則第五条は同規則第四条とともに危害の予防という目的の為めに設けられた規定であるから、右規則第五条第四号所定の「その目的とする作業以外」に該当するものとして禁止されるべきものであるか否かは主として個々の作業がある危険工室において行われた場合、それが為め危害が発生するおそれを来たしたか否かによって決定せらるべきものであるところ、火薬製造上、如何なる過程においても、火薬中に異物を発見したときは、直ちにこれを除去するのが火薬作業に従事するものの常識であり、従って撰分工室に至る以前の過程においても、当然これをなすべきものであるから、右の如き作業は各危険工室共通の作業であるということができ、或る特定の危険工室においてのみ為さねばならない作業とはいえないし、又特に撰分作業自体に危険性があるものとは認められないので、本件において「被告人の為さしめた如き撰分作業」が、撰分準備工室において行われたことは、これによって危害予防を促進せしめたものということができても、危害の発生するおそれを生ぜしめたものということのできないことは明白である。以上の見地に立つときは、前記認定の如き被告人の撰分準備工室において為さしめた透視台を使用せずに反射光線のみによって発見できる程度の火薬中の異物を撰分針を用いて除去する作業は、その性質よりして結局、火薬類取締法施行規則第五条第一四号の趣旨に違反して「危険工室をその目的とする作業以外に使用した」ものであるということはできない。のみならず、証拠によると、被告人の指示により撰分準備工室において、右の如き撰分作業が為された後、粗薬板は次の工程である撰分工室に送られ、同室において透視台を使用して精密な撰分作業が行われ、微細の異物が除去されるに至ったものであることが認められるから、特に撰分準備工室における右作業は撰分工程に送る準備作業としての整理作業の一部と解することができる。然らば、右作業は撰分準備工室の目的とする作業以外のものであるということはできない。以上、結局、被告人の前判示の行為は、その余の判断を為すまでもなく、罪とならないものというべきであるとなし、以て被告人に対し無罪の言渡をしていることが認められる。
そこで、まず、旭化成工業株式会社坂ノ市工場における火薬製造の工程とその作業内容及び同工程における本件薬板撰分準備工室(以下、撰分準備工室という)薬板撰分工室(以下撰分工室という)の構造設備と各作業目的の範囲、ついで被告人の本件所為について検討するのに旭化成工業株式会社の登記薄謄本、司法警察員小浜昇一作成名義の実況見分調書、当裁判所のした検証調書、昭和二九年一二月一〇日附旭化成工業株式会社から通商産業大臣宛にした危害予防規程変更認可申請書(写)、昭和三〇年一月二四日附通商産業省指令三〇軽七四号「危害予防規程の変更認可について」と題する書面(写)植竹万太郎の検察事務官に対する供述調書、原審証人浜野元継、同佐々木政雄、同釘宮トミ子に対する各尋問調書、原審証人古田勇治に対する嘱託尋問調書及び被告人の司法警察員に対する供述調書を綜合すると、
(一)、旭化成工業株式会社は大分県北海部郡坂ノ市町大字里二、六二〇番地所在の同会社坂ノ市工場を製造所として通商産業大臣から火薬類製造の許可を受けた火薬類製造者であって、同工場においてシートパウダー(板状火薬)を製造しているものであるが、該火薬の製造は、
(1)、湿餅薬に対し、熟成作業、篩分作業、混同作業の各工程を経た上、捏延作業として排水と同時に膠化のために捏延機で二分間圧延し、その圧延された薬板に、さらに温度を加え、ローラーで数回練り直すいわゆる予圧延から粗圧延の工程を経て、粗圧薬板を造り、これを精圧延工程に移すため次の撰分準備工室に送ること
(2)、精圧延工程における作業は、一棟の建物を向って右側から撰分準備工室、撰分工室、精圧延一号室乃至同三号室及び耳切工室の六工室に区分された各室(一工室坪数約九坪位)において(イ)、撰分準備工室においては、粗圧延工室から一回に二五瓩乃至三〇瓩位(八一粍のものを重ねて高さ四〇糎から四五糎位)宛運びこまれた粗圧薬板を受取って机の上に置き、それをさらに保温箱に入れて温め、それが温まると五、六枚宛に分類して次の撰分工室に運び出し(ロ)、撰分工室においては、右薬板(横四〇糎、縦三〇糎位の広さ)を透視台のガラスの上にのせ、その下に設備された螢光灯の透過光線で薬板中の塵その他の異物を発見し、撰分針を用いて除去した上、それを適宜次の精圧延工室に運搬し、(ハ)、精圧延工室においては、恒温器で薬板を摂氏三〇度に保持した上、さらに精圧延機で、四・二吋の方は〇・六五粍に、八一粍の方は〇・二粍の厚さに精圧延し、その精圧薬板は一〇枚宛に重ねて次の耳切工室に順次運搬し、ついで、(ニ)、耳切工室においては、その精圧延後の薬板(巾三〇糎)の長さを耳切機にかけて、一米と一七〇糎とに揃えるために薬板の耳を切り落し、以後、
(3)、薬厚室測定工室において精圧薬板を一〇数枚重ねてその厚さを測定し、縫付工室においてミシンに掛けてその両脇を縫い付け、第二巾切工室で一分間五〇回乃至六〇回位の速度で所定の長さに切断し、さらに打抜工室で薬板の中央に、パンチングマシンで穴をあけ、最後に、外観検査工室においてその出来上りを検査する。
といった各作業の工程を経ていることが認められる。そして、
(二)、前記精圧延工程における各工室は、昭和三〇年一月二四日附通商産業省指令三〇軽第七四号によって通商産業大臣の認可を受けた前掲会社坂ノ市工場の危害予防規程に基づく火薬類取締法施行規則第五条第一四号所定のいわゆる危険工室であって、爆発または発火の危険のある工室であるため右危害予防規程により各工室とも同時に存置することのできる火薬類の最大数量としての停滞量や同時に立ち入ることのできる従業者の最大員数としての定員等の定めがあり、撰分準備工室は「停滞量三〇〇瓩、定員三名」、撰分工室は「停滞量五〇瓩、定員一〇名」と規定されていること、撰分準備工室は、前記(一)の(2)において認定したように、粗圧延工程から搬入された粗薬板を次の工程である撰分工室に送る間の準備作業を行う目的で保温のためのラジエーター保温棚一架薬板を置く作業台二個等の特定の設備がなされ主として粗薬板の受け入れ、整理、一時保管(保温を含む)及び搬出等の諸作業を行うための工室であり撰分工室は撰分準備工室から搬入された粗薬板を次の精圧延工室に送る前に火薬の性能を低下させる薬板中の塵その他の異物を除去する作業を行う目的で、薬板置台、透視台、撰分針、ラジエーター等の設備がなされ、撰分作業のみを行うための工室であること、そして、両工室の構造においても作業の危険度の関係から、床は、撰分準備工室においてはアスファルト敷であるのに撰分工室においては、鉛敷であること、撰分工室においては、床の上に落ちた薬板の粉や屑の磨擦を防ぐため同工室の従業員はゴム底草履をはき、一時間に一、二回位清掃、散水するなど撰分準備工室とは違った危険予防措置が採られていることが認められる。つぎに、
(三)、証人安部正の原審第五回公判調書中の供述記載並びに同人の検察官に対する供述調書、当審証人阿部正、同植竹万太郎同河野健治、同佐々木政雄に対する各尋問調書、被告人の原審第四回公判調書中の供述記載、被告人の司法警察員並びに検察事務官に対する各供述調書を綜合すると、被告人は坂ノ市工場製造課ダブルベース係の係長の下に、組長として撰分準備工室、撰分工室、精圧延工室から縫付工室に至る工程における従業員の指揮監督の任に当っていたものであるが、米軍による火薬製品の検査が急に厳格となり合格率が低下したことから撰分作業を入念にするようになったため、定員数だけでは撰分作業が進捗せず一連の流れ作業が撰分工室において停滞するに至り、従って、撰分準備工室には薬板の停滞量が多くなるとともに精圧延工室、耳切工室では各作業がともすれば途絶え勝になったので、精圧延工室の室長見習安部正から相談を受け、一週間位でも応援させようということになって同人に指示し、昭和三〇年三月四日、五日(爆発事故発生の二、三日前)頃から、精圧延、耳切両工室の従業員で手の隙いた者を臨時に応援させ、同年同月七日午前八時頃から同日午前九時頃迄の間、撰分準備工室において他の室から運びこんだ撰分台(机)一卓と椅子三、四脚を用い、佐々木光幸、村上一生、房前勝茂、房崎教人、河野健治、小手川ミスヱ、渡辺務等の従業員をして、椅子に腰掛け薬板を机の上に置いて反射光線だけで発見できる程度の異物を撰分針を用いて除去する作業に従事させたこと、該作業の対象は四・二吋及び八一粍の薬板であるが、右の作業をした後八一粍薬板は、厚さが薄く、異物の存在が見え易いので右の作業だけでは検査に合格し難いおそれがあるため、さらに次の撰分工室に送って透視台にかけ精密に撰分作業をしたが、四・二吋薬板は、薬板が厚く異物が見えにくいので仕事を急ぐ関係から、これを撰分工室に送らず、右の作業を終っただけで直接これを精圧延工室に送ったこと、従前においては勿論四・二吋薬板、八一粍薬板ともに正規の製造工程に従い、撰分準備工室から撰分工室に運んで透視台にかけ撰分作業をしていたが、爆発事故発生当時、四・二吋薬板については右のような経緯から撰分工室において透視台による撰分作業をしなかったこと
などの事実が認められる。
そして、前記火薬製造工程の撰分工室におけるいわゆる薬板撰分作業とは、通商産業省軽工業局長作成の「火薬類取締法違反被告事件に関する照会に対する回答について」と題する書面、証人安部正の原審第五回公判調書中の供述記載、原審証人浜野元継、同佐々木政雄、同釘宮トミ子に対する各尋問調書並びに被告人の検察事務官に対する供述調書を綜合すると、精圧延工程における危害の防止と製品の性能維持のために撰分針を用いて粗薬板中の塵その他の異物を除去する作業をいい、通常撰分作業は、透過光線を利用する透視台を使用して行われるが、その作業において透視台を使用するのは撰分作業のたんなる手段にすぎないものであることが認められるので、前記(三)において認定した被告人の所為をこの観点に照らしてみると、被告人は前掲佐々木光幸等をして撰分準備工室において撰分作業に従事せしめたことが明らかである。
ところで、火薬類の製造については火薬類の製造自体が危害発生のおそれのある危険な作業であることから、火薬類による災害を防止し、公共の安全を確保する目的を以て、その製造を規制するため、火薬類取締法(以下たんに法という)が、第三条、第四条において火薬類の製造は、製造所ごとに通商産業大臣の許可を受けた者(以下、製造業者という)でなければすることができないものとし、法第七条において許可の基準を製造施設の構造、位置並びに設備(同条第一号)及び製造方法(同条第二号)が、いずれも通商産業省令で定める技術上の基準に適合し、その製造が公共の安全の維持又は災害の発生の防止に支障のないものである(同条第三号)と認めるときに限定しているばかりでなく、法第九条において製造業者は一度許可を受けた後は、その製造施設をその構造、位置並びに設備が、右法第七条第一号の技術上の基準に適合するように維持し(同条第一項)且つ法第七条第二号の技術上の基準に従って火薬類を製造すべきもの(同条第二項)とし、さらに法第一〇条において製造施設等やその製造する火薬類の種類若しくはその製造方法の変更にも通商産業大臣の許可を受くべきことを規定するとともに、同法施行規則(以下、規則という)第五条において、右火薬類の製造方法に関する技術上の基準として、およそ製造に関係のあるすべての作業につき、危害予防上遵守すべき事項を、第一号から第二八号に亘り規定を設けている趣旨に鑑みると、規則第五条第一号乃至第二八号は、それ自体、火薬類の製造上、抽象的に危害発生のおそれのある行為を内容とする規定であって、これらの規定に形式的に違反すれば、その違反行為のため具体的に危害発生のおそれを生じたか否かを問わず直ちに同条所定の技術上の基準に違反したものとして法第九条第二項所定の火薬類の製造につき違反行為をしたものと解するのが相当である。
そうだとすれば、本件火薬製造工程における危険工室の撰分準備工室において前記佐々木光幸等をして同工室の目的とする作業以外の作業である撰分作業を行わしめた被告人の本件所為は、規則第五条第一四号に「危険工室は、その目的とする作業以外に使用しないこと」と規定する技術上の基準に違反したものであることが明らかであり、しかもそれは、被告人が従業員として勤務する旭化成工業株式会社の業務に関して為されたものであることも言を俟たないので、被告人は法六二条の規定により行為者として法第九条第二項所定の火薬類の製造につき技術上の基準に違反した行為をしたものとして処罰を免かれ得ないものといわねばならない。
この点につき、原判決は規則第五条第一四号所定の「その目的とする作業以外」に該当するものとして禁止すべきものであるか否かは、個々の危険工室において行われた場合、それがため危害が発生するおそれを来たしたか否かによって決定せらるべきものであるところ、本件において被告人のなさしめた如き撰分作業は各危険工室共通の作業であって、ある特定の危険工室においてのみ為さねばならない作業とはいえないので、本件の如き撰分作業が撰分準備工室において行われたことはこれによって危害予防を促進したものということができても、危害の発生するおそれを生ぜしめたものということはできないといって、被告人の本件所為は、規則第五条第一四号に該当しないというけれども、火薬類の製造上、ある特定の危険工室を同工室を目的とする作業以外の作業に使用したときは、その作業をしたことのため、具体的に危害が発生するおそれを来たしたか否かを問わず、直ちに規則第五条第一四号所定の禁止規定に違反するものと解すべきことは前段説明のとおりであり、原判決の如き解釈は、法が火薬類の製造上、その製造施設の構造、位置竝びに設備及び製造方法について危害の発生を予防するため、厳重な技術上の基準を設けた趣旨に反し、且つ製造方法に関する技術上の基準として特にそれ自体危害発生のおそれのある行為を、列挙摘示した規則第五条の規定を誤解したものという外なく、又「本件において被告人のなさしめた如き撰分作業」は、各危険工室共通の作業であるというのは、ある危険工室において、当該工室の目的とする作業中、薬板中に混入した異物をたまたま発見した際にこれを除去する行為と、精圧延工室に送る前、同工室における危害の防止と製品の性能維持のために、特に粗薬板中の異物を探し出して、それを除去することを目的とする撰分作業とを混同し、前掲(二)において認定したように、火薬類製造上の必要的一工程として撰分作業を行う目的のために、特別の構造設備を有する撰分工室が設置されて、独立の危険工室に指定され、薬板の停滞量、従業員の定員等を定め、従業員の履物に至るまで、他の危険工室とは異った特別の危害予防措置の採られている事実を無視した誤れる見解というべきである。
原判決は、また撰分準備工室において被告人の為さしめた如き撰分作業が行われた後、粗薬板は次の撰分工室に送られ、透視台を使用して精密に微細な異物が除去されているので、特に撰分準備工室における右作業は、撰分工程に送る準備作業としての整理作業の一部と解することができるので、被告人の為さしめた右作業は撰分準備工室の目的とする作業以外のものであるということはできないというけれども、この見解も既に説明したところによって、撰分準備工室及び撰分工室が本件火薬製造の工程において各独立した危険工室として設置されたものであって、撰分準備工室における準備作業と、撰分工室における撰分作業との区別を無視したものであるばかりでなく、この見解によると、前掲(三)において認定したように、被告人の指示により撰分準備工室において透視台を用いず異物を除去しただけで、撰分工室を経ないで直接、精圧延工室に運搬された四・二吋薬板については撰分作業をしなかったことになり、即ち本件火薬製造上の必要的工程を経なかったとの譏を免かれないこととなり、到底正当な解釈ということはできない。
なお、弁護人の答弁第一点乃至第三点は、すべて以上検討した原判決の見解を前提として、原判決の結論を支持するものであるから前叙説明したところによって、いずれも理由がなく排斥を免かれない。ただ同第四点において法第九条第二項(論旨に法第七条並びに第八条とあるのは誤記と認める)の義務を負う者は、火薬製造業者のみであって、従業員はその責任を負う者ではないから、従業員である被告人を同法条の違反者として処罰することは違法であるという趣旨の主張をしているので、考えてみるのに、火薬類製造の許可の基準となった法第七条第二号の技術上の基準に従って、火薬類を製造しなければならない義務を負う者が火薬類の製造業者であることは法第九条第二項の規定するところであるが、右火薬類製造業者の義務を現実に実行する工場作業員その他の従業者において、その義務違反の行為をすれば、その従業者は業務主体たる火薬類製造業者の業務に関して右違反行為をしたものとして、法令上の義務者ではないが、法第六二条の規定により、いわゆる行為者として前記法条の適用を受け、処罰を免かれないものと解するのが相当である。(昭和三〇年一〇月一八日最高裁決定参照)従って、本件の場合被告人は法第九条第二項所定の義務者ではないが、業務主体たる前記会社の業務に関して現実に義務違反を実行した行為者として法の規定する罰則の適用を受けるものといわねばならない。尤も、本件起訴状には、罰条としてただ「法第九条第二項、第七条第二号、第六〇条第一号、規則第五条第一四号」とだけ掲記されておって、被告人に対する直接の処罰規定である「法第六二条」は摘示されていないけれども、勿論罰条の追加により補正されるものと認める。弁護人のこの点の主張も亦排斥を免かれない。
以上説明したところによって、原判決が被告人の本件所為は罪とならないものとして、被告人に対し無罪の言渡をしたのは法令の解釈を誤った結果、法律を適用しなかった違法があり、その誤が原判決に影響を及ぼすことは言を俟たないので、原判決は刑訴法第三九七条第一項、第三八〇条に則り破棄を免かれない。論旨は理由がある。
よって、原判決を破棄した上、刑訴法第四〇〇条本文に従い本件を原裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷本 寛 裁判官 大曲壮次郎 裁判官 古賀俊郎)